円安とインフレが進むと

今年4月に消費税が5%から8%に上がった。消費税込みで105円だったものが108円になった。いま、さらに来年10月に10%になるか、108円が110円になるかに注目があつまっている。安倍総理がもうすぐ、いまの景気の状況をふまえ、予定通りに消費税をあげるか、あるいはもう少し様子をみるかの判断をするらしい。

 

2012年12月の総選挙のとき、いまの安倍総理は「日本経済は円高、デフレだから苦しんでいる。円安、インフレになれば日本経済は復活する」という主張をした。当時、円相場は1ドル=80円前後だった。いまは1ドル=114円台だ。日経平均株価は、当時9千円台だったが、いまは1万7千円前後だ。インフレのほうはどうか。

日本のインフレ率の推移 - 世界経済のネタ帳

2012年の年平均はマイナス(物価が前の年より下がる)だったのに、今年は、10月時点の推計で2%台ということである。これらの数字をみると、安倍総理の「アベノミクス」は今のところ、うまくいっているようにみえる。日本経済は、しっかりと「復活への道筋」を歩んでいるのだろうか。

 

 日本経済が「復活」してくれるにこしたことはない。でも、復活ってどういう状況なのかというと、いろいろと議論があるようである。ここでは、とりあえず、「アベノミクス」に批判的な立場のほうからみて、いまの状況を考えてみることにする。

円安恐慌 (日経プレミアシリーズ)

円安恐慌 (日経プレミアシリーズ)

 

 

この本は「円安、インフレになれば日本経済は復活する」という主張に異議をとなえている。

 

筆者によると、2012年当時の円高は、米国の中央銀行にあたるFRBが2008年のリーマン・ショックのあとからおこなってきた歴史的な金融緩和で、米国金利が下がり、日本の金利との差がなくなっていたためであった。市場のおカネは、できるだけ金利の高い通貨を求めて動く。したがって、米国が自国の景気が戻りかけていると判断して金融の引き締めを始めれば、日本の金利を置いてけぼりにして米国金利が上がり始める。円相場はほっといても円安に振れていくという。実際、FRBは米景気は上向いていると考え始めており、来年(2015年)にも金融の引き締めに入るといわれている。

 

円安は、自動車などの日本の輸出産業をうるおす。一時的には。だが、逆に日本が輸入に頼っているエネルギーの価格が上がる結果、ガソリンや電気代などが上昇する。

 

企業がうるおったとしても、すぐに給料を上げてくれるわけではない。だから、家計は苦しくなる。需要が伸びているわけではないのに、原材料代や燃料代の上昇でモノの値段が上がることをコストプッシュ・インフレという。いっぽう、収入がふえて欲しい人がたくさん出る需要の伸びでモノの値段があがることを、ディマンドプル・インフレという。インフレには2種類あるから、注意が必要だ。いまの2%台のインフレは、生活の実感としては、コストプッシュ・インフレのほうだろう。給料が上がっていないのにモノの値段があがれば、家計は節約するしかない。

 

 ところで、いま日本の国の財政は、まいとしの支出の半分を借金(国債)に頼る異常な状態にある。それでも財政が回っているのは、国債の9割超が国内で買われており、外国人は1割弱に過ぎないからだ。要するに、日本人は、日本の景気が悪くなったからと言ってすぐに国債を売ったりはしないが、外国人はすぐに売ってしまう恐れがあるということである。だが近い将来、国債が国内でほとんど売れるという強力な後ろ盾になっている日本人(個人)の金融資産1500兆円弱が、減りはじめる。たくさん貯蓄をもっている高齢者が、生活を回すために資産を切り崩し始めるからだ。それがなくても、いまのペースで借金を増やしていくと、国債発行額が金融資産を上回るときがくる。国内だけでは買う人が足りなくなってくる。国内で消化されるという国債価格の支えがなくなれば、外国人も警戒してかんたんには買わなくなる。すると国債の価格は下がり、日本の金利が上昇し始める。すると政府国債を返すために毎年発行している国債(借金をかえすための借金)の金利も上がっていってしまう。

 

そうなると日本の財政がますます苦しくなる。それを前もって防ごうというのが消費増税だ。しかし、消費者は所得が増えない限り買う量を減らすだけだから、政府の思惑通りに税収が増えるかは怪しいところがある。

 

で、筆者がかんがえる日本の行き着く先とはなにか。円安、株安、国債安の「トリプル安」で、日本の銀行や保険会社などの金融機関が大量の含み損を抱え、日本経済が回らなくなるかもしれない。すると、1990年代の韓国のように、国際機関のIMFに救済を申請せざるをえなくなる。すると「収入内で支出を抑える」のがIMFに救済してもらうときの原則だから、日本は歳出を半分にしないといけない。当然いま歳出の3割を占める社会保障費も減らさざるをえなくなる。けっきょく、消費増税社会保障を安定させるとは限らないということである。

 

そうならないためにはどうすればいいか。筆者が唱えるのは、地方への移民受け入れや、子育て支援による女性の就労機会の強化、外国人観光客を増やす、日本人の英語力を鍛えるなど、いままでも言われてきたオーソドックスなことだ。だが、そのオーソドックスなことが結局ほとんど進んでいないという。

 

筆者のいうオーソドックスなこととは、アベノミクスで「第3の矢」というところの「民間投資を喚起する成長戦略」にあたる部分だろう。これらはおそらく、日銀におカネを出させたり(第1の矢)景気対策公共投資をしたり(第2の矢)することよりもずっとたいへんで、時間のかかることである。

 

アベノミクスの目標は、こんご10年間の国内総生産の平均成長率を3%にすることだ。1995年度から2012年度までの実質国内総生産の成長率をみると、前年度比で3%を超えたのは、リーマンショック後に景気が落ち込んだあとの反動増とみられる2010年度の3.4%、いちどだけである。

http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h24/sankou/pdf/point20131225.pdf

日本の人口はもう減り始めている。この目標の立て方そのものがただしいのかどうかも、考える必要があるかもしれない。